2008年8月30日
「サリドマイド被害の再発防止のための安全管理に関する検討会」における
いしずえから意見と質問
財団法人 いしずえ
理事長 佐藤 嗣道
常務理事 増山ゆかり
〒153-0063東京都目黒区目黒1-9-19
TEL 03-5437-5491 FAX 03-5437-5492
 いしずえは、新たな被害防止の観点から本検討会において、@藤本製薬株式会社(以下、「藤本製薬」)が提出し厚生労働省が公表した「サリドマイド製剤安全管理基準書(案)」(以下、「TERMS案」)について広く意見・要望を聴取した上でその実効性を吟味し改善すべき点についてとりまとめること、およびA第三者機関による評価の方法について検討することの2点に加え、Bサリドマイド事件の歴史とこの薬の危険性を広く国民に周知し教育するために国が実施すべき施策、C公的な先天異常モニタリング制度、D万が一被害が起きた場合の救済策の3点についても検討し、提言することを求めます。
 本検討会の進行にあたっては、これらの点について関係者が納得し合意に達するよう、十分な時間をかけて検討を行うべきです。まずは、この点について保障してください。その保障がない限り、いしずえはこの検討会に関与することが出来ないことを表明し、以下に意見と質問を述べさせていただきます。
目次
A. TERMS案と第三者機関による評価について
A−1. 第三者機関による評価について
A−2. TERMS案について
B. 被害の再発防止に関する国の施策について
B−1. 国民への危険性についての教育・啓蒙について
B−2. 公的な先天異常モニタリング制度について
C. 万が一被害が起きた場合の責任と救済策について
D. 承認条件について
A. TERMS案と第三者機関による評価について
 TERMS案については、いしずえがこれまでの自由討議等においてとくに求めた次の2つの要素を形式的には満たしていると考えます:@「中央のセンターが患者本人に直接注意を喚起し、サリドマイドの安全な使用を支援する」ために、患者から直接アクセスすることのできる方策を備えること、A第三者評価機関を設置してシステムの実効性を評価すること。

 しかし、問題は、これらの点が実質的に満たされることにありますが、これまでの自由討議では、これら2点の詳細や他の要素についてまでは十分に討議されておらず、現在のTERMS案には、以下に述べるように、まだ改善すべき点が少なくないと考えます(例えば、患者さんの「診察前調査票」(様式23)の質問項目やFAXのタイミング)。また、今のところ、第三者機関による評価の方法や評価委員会の構成メンバーが明らかではありません。本検討会においては、これらの点について十分に時間をかけて検討することが必要です。
A−1. 第三者機関による評価について
 1) 厚生労働省は、TERMSの第三者評価機関の選定、評価方法および評価委員会の構成メンバーの選定に、製薬会社の恣意的なコントロールが働かないよう、国の責任において第三者評価機関に関与するとともに、第三者評価機関に対し厚生労働省が費用の一部を負担して評価を委託すべきと考えます。この点について、ご回答いただきたくお願い致します。

 2) 第三者評価機関として大阪大学大学院薬学研究科が候補とされていますが、その是非を判断するためには、TERMSの第三者評価に関する計画書と評価委員会の構成団体(メンバー)のリストが必要です。大阪大学大学院薬学研究科(那須教授)に対して、これらの点についてのご回答をお願いいたします。TERMSの第三者評価に関する計画書と評価委員会の構成団体(メンバー)について関係者が合意しない限り、本検討会としての結論は出せないものと考えます。
A−2. TERMS案について
1) TERMS案は、医療関係者及び患者さん等に対し強圧的な印象を与え、逸脱による被害発生が懸念されます。

 胎児の健康被害発生を防止するためには、サリドマイドを使用する患者さんとその近親者が、この薬の危険性(催奇形性の副作用)と危険回避の方法(薬の厳格な管理と必要な場合には適切な避妊法)についてよく理解し主体的に行動することがもっとも重要です(リスク管理の鍵となるのは患者さん本人)。

 しかし、TERMS案を拝見するに、この案は「基準書」という名称に象徴されるように、患者さんに基準の遵守を強制し、遵守しない場合は薬を使わせないという強圧的な印象を与えます(例えば、緊急避妊を強制するなど)。藤本製薬のTERMS案は一見厳格なようですが、患者さんにとって守るのが難しかったり、医療現場での負荷が必要以上に大きいと、かえって逸脱を生みやすく、しかもその逸脱が隠されたまま放置される可能性があり、それが新たな被害の発生につながりかねないことを強く危惧します。

 リスク管理プログラムとは、本来、薬の適正使用について患者さんや医療関係者を支援するものでなくてはなりません。TERMS案の基準は支援ではなく強制であり、患者さんの治療に真に役立つことよりも、国と製薬会社が責任を免れるための方便なのかと疑いたくなります。この点について、厚生労働省と藤本製薬の考え方をお聞きしたく思います。

2) 上記1)に関連して、ア)妊娠可能な女性への服用制限、イ)緊急避妊、およびウ)妊娠の禁止について検討・修正が必要と考えます。
ア) 妊娠する可能性のある女性については、「原則として本剤の服用を認めないこととする。ただし...」(本検討会の第1回会合の資料3、12頁、スライド23)と書かれていますが、この規定は、この薬を必要とする女性患者の治療の機会を著しく制限するものであり、問題ではないでしょうか。いしずえは、これまで「妊娠可能な女性の服用を制限すべき」と主張したことはなく、このような規定については、これまでの自由討議でも議論されていません。藤本製薬に対し、このような規定をなぜ今になって設けたのか説明を求めるとともに、被害を防止し得ることを前提にこの規定について見直すことを検討すべきと考えます。安全管理システムの構築においては、サリドマイドを真に必要とする患者がこの薬を利用することを不必要に妨げることがないよう、あるいは患者に薬のベネフィットが行き渡ることを妨害することがないよう配慮すべきです。そのような配慮のないシステムが強制されると、承認後もサリドマイドが個人輸入によって使用される事態が少なからず生じると予想され、被害が発生する危険性がかえって高くなることを懸念します。
イ) 患者およびパートナーの同意書(「サリドマイド製剤安全管理基準の遵守に関する同意書」。様式4、様式6、様式8、様式9)の上から3項目目に、「避妊に失敗した、又は避妊に失敗した可能性がある場合は、...緊急避妊処置を受け...ことを承諾します。」という記述があります。
これは患者に緊急避妊を強制するものであり、人道上の問題が大きいと考えます。この点についても、これまでの自由討議ではほとんど議論されていません。この同意事項は、緊急避妊を受けずに障害を持った子供が生まれた場合には、国や藤本製薬は責任を負わないとする根拠とするために記されたようにも思われます。この点について検討・修正を求めたいと思います。
ウ) TERMS案の7.4禁止事項(18頁)の中に、妊娠(男性患者のパートナーの妊娠、および女性患者の妊娠)という項目がありますが、だれも妊娠を禁止することはできません。できることは性交渉を避けるか、性交渉をする場合には可能な限り確実な避妊法を用いることだけです。
「妊娠を禁止する」とは封建的で前時代的な考え方を表現するものであるばかりでなく、妊娠した場合の中絶にも直結しかねない極めて不適切な表現です。このような認識の製薬会社がサリドマイドの安全管理という社会的・歴史的に重大な課題を担うことを是とすべきか甚だ疑問です。この項目についての修正を求めます。

3) 患者さんの「診察前調査票」(様式23)の質問項目とFAXのタイミング
 いしずえは、TERMS管理センターによるモニタリングにおいて、患者さん自身が認識した薬の管理や避妊についての問題点などを受診日とは異なるタイミングで医師を介在しない形で積極的に把握することにより、患者さんの安全管理のあり方に問題がある場合には、それを速やかに可能な限り漏れなく発見し、遅滞なく適切な介入を実施できるようにするとともに、システムや教育の問題点を把握し必要な改善を行うことが重要であると考えます。

 その観点から、患者さんの「診察前調査票」(様式23)の質問項目は少なくとも次の4点について再検討が必要です。@自由討議において、患者さん自身が認識した問題点などを積極的に把握するために自由記載欄を設けることで合意したのに、本案では自由記載欄がありません。自由記載欄を設けるべきです。A質問内容は、患者群ごとに異なるものにすべきです。妊娠する可能性のない女性に避妊の実施や妊娠の有無について毎回質問するのは不適切です。Bサリドマイド事件による副作用被害の内容を質問するのは良いですが、毎回(14日ごとに)同じ質問をすることが本当に患者さんの適切な知識・態度・行動を促すことになるでしょうか?むしろ回答欄に形式的にチェックするだけにならないでしょうか。C薬の管理については知識に関する質問項目しかありませんが、実際に薬を管理する上での困難などがなかったかを質問してもよいかもしれません。

 また、「診察前調査票」(様式23)に記入しTERMS管理センターにFAXするタイミングは原則として診察日とは異なる日(診察日より前の日)であることが重要です。患者さんが多忙などの理由から、やむを得ず診察日に病院から「診察前調査票」(様式23)が送付される場合があることは理解しますが、その場合には記入に医師が介在した可能性を否定することができません。TERMS案には、このことが明記されておらず修正すべきです。

4) パートナーの登録はS.T.E.P.S.にもないTERMS独自の基準であり、その実効性について慎重に検討する必要があります。
ア) 患者とパートナーは必ずしも婚姻関係にあるとは限らないなど、パートナーの登録にはデリケートな問題が伴うと思われますが、この点についての配慮がなされているでしょうか?
イ) 女性パートナーが妊娠可能な女性か否か
 男性患者のパートナーが妊娠する可能性のない女性の場合は、同意書で避妊の実施について同意する必要はないように思います。したがって、女性パートナーを登録する際には、この点についての区別が必要ではないでしょうか。

5) 患者の登録とその取り消しについて
ア) 登録条件
 患者の登録条件(TERMS案9頁)に「サリドマイドの催奇形性及び本基準に関する教育を受け、理解度が確認されている」とありますが、理解が困難だが薬を必要とする(例えば、認知症や知的障害をもつ)患者さんについてはどのように対応する予定でしょうか?
イ) 登録の取り消し
 登録の取り消しの対象は患者だけなのでしょうか?処方医師、責任薬剤師、特約店責任薬剤師の登録については取り消されることはないのでしょうか?患者さんへの説明や妊娠検査等の確認を怠ったり、サリドマイド製剤の譲渡、転売等に関する重大な違反があった場合には、処方医師、責任薬剤師、特約店責任薬剤師の登録についても取り消しを検討すべきではないでしょうか?
 患者の登録の取り消しを検討すべき事態として、サリドマイド製剤の譲渡、転売等に関する重大な違反を加えるべきではないでしょうか?
 重大な違反があった場合の対処として、登録取り消しの前段階として薬の処方・調剤・使用の停止というステップを踏むべきではないでしょうか?登録を取り消してしまうと、追跡調査や第三者機関による調査対象から除かれてしまわないでしょうか。
 登録の取り消しは、藤本製薬の判断・責任において行われることですが、この判断の妥当性については第三者機関の評価委員会でも検討すべきではないでしょうか。
6) 製剤のトレーサビリティについて
 サリドマイド剤の紛失等による事故を防止するため、製品の製造・流通・医療機関での保管・服用・廃棄の流れがトレースできる有効な手段を講じるべきです。可能なら個々のカプセル単位で、それが困難ならヒートシールごとのコード管理などを検討すべきと考えます。

7) いしずえが厚生労働省への要望書(「サリドマイド製造販売承認申請の審査等に関する要望書」2007年11月30日付け。本検討会の第1回会合の参考資料3の別添1、10頁)で指摘した「医療機関(医師・薬剤師)から中央センターへの処方毎の報告が、日常診療の環境下で医療機関及び医師・薬剤師に大きな負荷をかけることなく実施可能であるのか疑問である」という点については、現在のTERMS案に対しても同様に疑問の念を禁じ得ません。例えば、患者さんに薬が渡るまでに5回のFAXを要するなど、複雑で煩雑な書類のやり取りについては、さらに検討が必要と考えます。
B. 被害の再発防止に関する国の施策について
B−1. 国民への危険性についての教育・啓蒙について
 厚生労働省は、サリドマイドの危険性とサリドマイド薬害事件の歴史を広く国民に周知させるために必要な措置を積極的に講じてください。また、学校教育(小学校、中学校、高等学校、および医学・薬学・看護学・介護学等の医療・福祉系の高等専門教育)において、サリドマイドの危険性とサリドマイド薬害事件及び薬害全般の歴史についての教育が必ずなされるよう文部科学省に対して要請するとともに、医療従事者の免許付与(医師、歯科医師、獣医師、薬剤師、看護師等)に関する国家試験にサリドマイドの危険性およびサリドマイド薬害事件と薬害の歴史を出題してください。 これらの点について、具体的にご回答いただきたくお願い致します。
B−2. 公的な先天異常モニタリング制度について
 厚生労働省は、サリドマイドを含む医薬品等による胎児の健康被害発生について監視するため、公的な先天異常モニタリング制度を確立し、それをサリドマイドのリスク管理プログラムと連動させるようにしてください。 この点についても、具体的にご回答いただきたくお願い致します。
C. 万が一被害が起きた場合の責任と救済策について
 厚生労働省と藤本製薬は、万が一、新たなサリドマイド被害児(胎児の死亡を含む)が発生した場合においては、厚生労働省と藤本製薬に過失が認められた場合はもとより、過失がないか明確でない場合においても、その責任を負い被害者を救済すべき立場にあることを認識し表明すべきです(製造物責任法及び医薬品副作用被害救済制度の考え方を援用すべきと考えます)。そして、新たなサリドマイド被害児(胎児の死亡を含む)が発生した場合には、適切な補償がなされるよう予め必要な手立て(医薬品医療機器総合機構の医薬品副作用被害救済制度の対象とする、保険に加入するなど)を講ずるべきと考えます。 この点に関する考え方と具体的な救済策について、ご回答をお願い致します。
D. 承認条件について
 厚生労働省がサリドマイドを承認する場合には、具体的なリスク管理プログラム(すなわち今後修正され妥当と判断されたTERMS。患者への質問項目などの詳細を含む)の実施を承認条件とすべきです。また、リスク管理プログラムの変更については厚生労働省の許可要件とすべきです(届出では国が責任を果たすことにならないことを強調します)。この点が明記されない限り、いしずえはサリドマイドの承認を到底認めることができません。 米国の食品医薬品庁(FDA)は、サリドマイドの承認通知において、リスク管理プログラムであるS.T.E.P.S.について、次のように述べています。

 以上を要するに、厚生労働省及び藤本製薬は、サリドマイドの製造販売承認は、催奇形性の明らかな物質を、あえて承認医薬品として、患者さんに提供することにほかならないことを強く認識し、患者さんの治療に適切に用いられるために必要な措置を講じるとともに、この医薬品によって、海外では、現に21世紀に入ってからも、サリドマイド被害児が誕生している事実に目を留め、サリドマイドによって生ずる社会の不安を最小化するために万全の措置を講じ、かつ、万一、被害の生じた場合に被害児の権利を保障すべきであります。
以上

2008/09/13