手術とその後
(音美 談 )
私は、左脚の手術と一緒に手根管の手術を受けましたので、全身麻酔のため、手術の事が全然わかりません。確かピーコさんは局部麻酔で手術を受けたと前に聞きましたので、手術についてはピーコさんにお願いしたいと思います。
手術後麻酔からボンヤリと覚めかかった夕方、左脚の術後の痛みがすごく、右手の事を考えることが出来ずにいた時、手術室より戻った先生が回診に来ました。痛みと戦う私に、先生は2つのことを要求しました。
- 左脚の指を動かす事です。無事に動きすぐにOKが出ました。
- 右手を握ったり開いたりする事です。これも無事に出来、OKがでました。
そして、先生は麻酔で意識がボンヤリとしている私に、左脚は現状で出来る限りの手術が出来た事、右手は間違いなく、徐々にしびれが取れて行くから「心配しなくていいから」と話してくれました。私は本当に素直な気持ちでうなずきました。今、考えてみても本当に素直な気持ちのうなずきだったと思います。
翌日より左脚の術後の治療のため4週間のベッド上の生活が始まりました。すべての生活が寝たままです。手術をした右手は痛みはほとんど無く(脚が痛かったので感じなかったのかもしれません)、少々違和感が感じられるだけです。傷口にも少々大きめのカットバンが貼られているだけです。
1週間後の朝の回診で、傷口に貼られていたカットバンが先生の手により無造作に何の感情も持たずに一気にはぎ取られました。顔をのぞかせた傷口は抜糸をしない溶ける糸で縫われており、本当に小さな1cmにも満たないものでした。
2週間目頃より、体調も回復に向かい、脚の痛みも落ち着き、神経が手の違和感へと向いてきました。この頃です、以前、ピーコさんに話したのですが、「失敗したかな?」と思ってきました。違和感と冷たい感じがします。先生に話したほうがいいのかな~? と考えたり、手術をしたんだから、あたりまえかな? と考えたりしていました。もともと、めんどくさい事が嫌いな大雑把な私です、深く考えるはずがありません(私をよく知る人は、おとみらしいと思うことでしょう)。
術後4週間が過ぎベッド上の寝たきり生活も終わり、車椅子に乗る頃には手の事はすっかり忘れ、先生に「手の方はどうだ?」と聞かれ「あ!! 大丈夫です全然痺れていません」と答えています。本当に、いつのまにか、違和感も冷たさも痺れも取れていました。でも、少々不安はあったのです。又、松葉杖をつくようになったら、痺れが出るのでは? と不安でした。その後不安を抱いたまま松葉杖の生活へと入りました。両松葉杖3ヶ月、片松葉(杖)3ヶ月計半年間杖での生活を送りましたが、手が痺れて杖が使えない事は一度もありませんでした。
今、思うと私は、治療のタイミングが良かったと思います。脚の手術と一緒だったので、術後4週間と言う長い日々を手に掛かる負担が最低限少なくて済みました。食事を作ったり、掃除をしたり、洗濯をしたりと言う事もまったくなく過ごせた事も大きいと思います。術後、日常生活を普通に送っても問題はないと言われ、どんどん使って支障はないとの事ですが、私はできる限り2~3週間は負担が少ない方がいいのでは? と考えています。
たしか、ピーコさんにも手術をするのならば、3週間位は自分の手に掛かる負担を最低限少なくする環境を作ってから手術をした方が良いのでは? と話した記憶があります。
最近、ピーコさんも手が痺れると言われませんが調子がよいのかな?
( ピーコ 談 )
いよいよ新潟の病院に入院しました。入院の翌日夕方に手術が始まります。それまでに、手術の準備であちこちの検査室で検査を受けました。指定された日にただ行けばいいと思っていた私はのんきに夕方4時過ぎに病院についたものだから、看護婦さんをやきもきさせたようでした。手術当日は、同じ病室の人たちと談笑しながら朝食をとり、朝風呂に入ってさっぱりし、なかなか快適な入院生活だ! と思っていました。
昼食は抜きで、手術のための点滴がはじまり、あまりの退屈さにうとうとしながら手術室からのお迎えを待ちました。
さて、手術です。部分麻酔のため意識はハッキリしていて、ただ右手だけがどこかへ行ってしまった感じでした。今思えばかなり恥ずかしいことですが、麻酔をかけるとき(わきに針を刺すのでとても痛い)その痛さに泣いてしまいました。麻酔が効いてしまえば後は何が起こっているのか全然感じないので、執刀にあたっている先生以外の看護婦さんや先生(たぶん麻酔担当の先生)と家族の話や、おいしいカレーの作り方の話で盛り上がりあっという間に(1時間弱だったと思う)終わりました。術後、病室に戻りしばらくは点滴も入っていたし右手は相変わらずどこかに行っているみたいだったので、夕食は食べにくいながら左手でとりトイレは看護婦さんに手伝ってもらいました。
翌日からは、右手の感覚が戻り指先は動いたので(手のひらからひじにかけてはギブスのようなもので固定されていた)食事やトイレもやりにくいながらも自分で出来ました。2日ほどは朝夕に点滴があったのと、ガーゼの交換があったくらいで後は自由に動き回れたし、ご飯はおいしいし、本を読んだり昼寝をしたり普段家では出来ないのんびりした生活が出来ました。手術を担当した先生からは手術は成功した、しびれは徐々になくなるだろうと言われました。
退院後、抜糸までは近くの病院でガーゼ交換に通い、その間手のひらからひじにかけて固定されていたので自分の身の回りの最低限のことくらいしかできませんでした。2週間後に抜糸し、ギブスがとれ「どんどん動かして」と言われました。その言葉で、子供を連れて自宅に戻りましたが、傷口にものが触れると痛いような変な感じで、しばらくは、ご飯だけ炊いておかずは近くのお総菜屋巡りをし、洗濯・掃除は手抜きを重ねあまり右手を使わない様にしていました(家族には申し訳ないなと思いながら……)。
傷口のところがいつまでもごわごわした感じがとれずにいたので、栢森先生に見ていただいたところ、皮膚を柔らかくする薬を出してもらい、「人にマッサージしてもらって、傷口に触れられることに慣れるように……」と言われました。主人や子供にマッサージしてもらいながらいつまで我慢すればいいのかなあ……と思ったものです。
いつまでも手抜き家事をしているわけにもいかず、必要に迫られて食事の支度や掃除・洗濯としているうちにごわごわした感じもなくなり、傷口の変な感じもさほど気にならなくなりました。

1年経った今、手がしびれて辛い思いをしたことも、手術の後の不安も嘘のようになくなっていることに感謝したいと思います。そして、私と同じように手のしびれで悩んでいる方に、私の経験が少しでも役立てられたら……と思っています
以前、手の痺れと共によく、肩こり、腰痛についても総会等で聞きましたが、最近は皆様いかがですか? 私たちの報告は今回で終わりですが、今後も治療等の情報がありましたら教えて下さい。(音美)
「いしずえ」第255号(1998年11月25日発行)掲載