帝京大学リハビリテーション科 栢森良二

 1940、1950年代に、小児マヒ(ポリオ)が世界中でたいへん流行しました。日本でも少し遅れて昭和20~30年代に同様に流行しました。先行したアメリカからの Salk ソーク・ワクチン(非経口、筋肉注射)、それに続く Sabin セービン・ワクチン(経口投与)のおかげで昭和30年代後半よりほとんどその新たな発症はなくなりました。
 これら流行から30年を過ぎた1970、1980年代に、ポリオに罹患した人々が中高年になるにつれて、再び手足に力が入らない、疲労感が強くなった、手足の筋肉や関節が痛いなどの訴えが多くなりました。やはり日本でも同様なことが最近起こっています。ポリオ後遺症候群 Postpolio syndrome などと呼ばれています。
 そこでちょうどサリドマイド児の30年後ということで、1989年7月におこなったアンケートによる結果(141/297・・47.4%の回答率)と、このうち10人を直接検診を行いました。問題点の整理が少しできましたのでこれを報告いたします。

【目的】
30歳になったサリドマイド児の運動器系の問題点は何かであります。

【結果】
 肩の痛み  14人
 上肢の痛み 11人
 手の痛み  10人
 背部痛   11人

  その他の顎、顔面、膝の痛みを各1人ずつ訴えていました。どんな痛みかアンケートだけでは十分に把握することができませんでした。これらの部位での痛みやしびれが、はたしてサリドマイド胎芽病に特有の問題なのでしょうか。
 「手のしびれ」を訴える2人の方の神経伝導検査と針筋電図を実施しました。神経や筋の電気生理学的な異常はありませんでした。

【考察】
 実際に5~6人診察してようやく、これはやっぱりサリドマイド胎芽病特有の問題ではないかという印象を持ちました。
 どういう機序でサリドマイド児には、30年経た頃になって、肩や手の痛みやしびれが出現してきたのでしょうか。
 この問題を考える時に、ポリオ後遺症候群の問題がヒントになりました。
 筋力トレーニングに励んでいると、胸や背中、あるいは下肢の筋肉は隆々と盛り上がるのですが、どうしても不自由な手や肩には筋肉が付きません。
 痛みのある部位は、このような筋肉が付いていないところに起こっていることが多いようです。実は骨の細い所(形成不全)には筋の発達も悪くなっています。これは、従来サリドマイド胎芽病では運動器障害として骨の奇形が強調されてきましたが、筋の発達や形成不全についてはあまりいわれてきませんでした。

アンケートや実際の診察でわかったことは、

  1. 骨格形態異常に伴って、筋の形成不全があること、
  2. 肩周囲筋の形成不全では肩脱臼が起こっており、肩凝りがある。
  3. 上肢の筋の発達/形成不全では、とくに橈側前腕筋(前腕の外側の筋肉)の発達が悪く、むしろ上腕骨内顆炎(肘の内側が痛い)や、手関節尺側(手首の内側)の腱鞘炎が多いようです。

 ポリオ後遺症候群では、萎縮してしまった弱い筋肉で長年にわたって無理に使い過ぎたためにいっそう筋力低下をきたすことがわかってきました。
 30歳になったサリドマイド児の問題点は、骨格異常に伴った筋形成あるいは発達不全のために、過用症候群(使い過ぎ)による痛みが日常活動を制限してきていると考えられます。

 予防法として、

  1. 強い運動や運動量が過剰にならないようにする。
  2. 日常の活動を維持する程度の筋力の維持をする。
  3. 筋痛、こわばり感、疲労などの自覚症状は注意信号である。
  4. ホット・パックや消炎鎮痛剤の外用(湿布)などを試みる。
  5. 症状が改善したら、疲労感が残らない程度に徐々に運動量を増していく。
  6. 重労働を少数やるより、軽い労働を頻回の方がよい。

などの注意点を挙げることができます。

 今後、診察の機会を多くして、筋の形成あるいは発達不全の部位に、あるいはその逆の部位に、代償的に痛みが出現しているのかを確認していきたいと思っています。
 少し痛みを我慢していただき、神経や筋の電気生理学的検査も併せて実施すれば、もう少し多くの事が解明できるのではないかと思っています。
 もう1つ、私どもの取り組んでいる問題は、サリドマイド胎芽病における顔面神経麻痺の病態は何か、どうして顔面神経麻痺が生じているのかということと、顔面神経麻痺がどの様な経過になっているのか調べることです。
 2~3人の方に協力していただき、電気で顔面神経を刺激してその反応を取り出す、電気生理学的検査を行いました。
 顔面神経核付近の形成不全が疑われています。このために、顔面神経核周囲にある眼球運動に関わりをもつ外転神経核、聴覚神経核なども同様に形成不全があることが示唆されています。これらの形成が悪いことによって、いわゆるデュアン Duane 症候群(先天性に外転障害、内転制限、内転時眼球後退、内転時眼瞼狭小、内転時眼球の上方または下方への偏位、輻輳不全など)といわれる症状や徴候、さらに難聴などの症状が出現することになります。
 最近、医用機器の発達が目ざましく、MRI(磁気共鳴画像法)によって、脳幹の顔面神経核の形成不全があるかどうか調べることができるようになりました。MRIはCTスキャンと同様にじっと背臥位になって40分程横になって寝ているだけです。痛みはありません。
 こちらの検査には2~3ヶ月前に予約が必要でありますので、希望の方は事務局にご連絡ください。また顔面神経麻痺の状態がどの様になっているか、電気生理学的検査をやってもよいと方は1時間ほどの時間が必要で、毎週火曜日午後から検査ができます。こちらは少し痛みがありますので我慢が必要です。よろしくご協力をお願いします。

いしずえ」第197号(1993年2月25日発行)掲載