サリドマイド剤の発売から回収まで

サリドマイド剤は、ヨーロッパ諸国では「contergan」として1957年10月1日に発売され、1961年11月27日に発売が停止されました。わが国では「イソミン」として1958年 1月から発売され、1962年9月18日に販売停止されました。 (木田盈四郎:先天異常の医学、中公新書、 1982)
これは最初、睡眠薬として、のちにわが国では「プロバンM」という神経性胃炎の薬として販売され、特に「妊婦にも安全」と宣伝したために妊娠時のつわりに使われ、胎児被害が増加しました。西ドイツではこの薬は両親が夜に映画を観に出かける前に幼児を寝かしつけるために飲ませる「シネマジュース」として用いられるなど広く使用され、またつわり止めとしても使用された結果、多数の被害が発生しました。
日本の被害者は、1961年に国(厚生省)と製薬会社を相手として告訴、1974 年に和解し、その裁判記録が公刊されています。
 1. 全国訴訟統一原告団・弁護団編:サリドマイド裁判「全4巻」、総合図書、1976
 2. 増山元三郎:サリドマイド、東大出版会、1971
 3. 藤木英雄、木田盈四郎編:薬品公害と裁判、東大出版会、1974

薬の副作用

サリドマイド剤は、それを服用した人の直接作用として、多発性神経炎、中枢神経刺激症状などの神経系の障害、およびこの薬を服用した妊婦から重症の四肢の欠損症(無肢症、海豹肢症、奇肢症、母指三指節症)や耳の障害(難聴、無耳症、小耳症)などを生じ、これらは「サリドマイド胎芽病」と呼ばれています。

被害者の数

患者は、西ドイツ3049,日本309,英国201,カナダ115,スウェーデン107,ブラジル99,イタリア86、全世界で3900例と報告され、30%の死産があったので総数は5800と推定されています。 (LENZ,W.:TERATOLOGY.38:203,1988)

<日本におけるサリドマイド被害者の出生年と男女別>
生年 合計
1959 6612
196016925
1961342458
19628874162
1963242347
1964224
1969101
171138309

サリドマイド製剤の販売は日本では1962年に停止されましたが、回収が徹底していなかったため、その後も被害が生まれました。

<日本におけるサリドマイド被害者の障害の種類と内訳>
サリドマイド製剤による障害は主に四肢の欠損症と耳の障害です。
四肢に障害のある人 人数(内、聴覚にも障害のある人)
上肢が非常に不自由な人 30人(2人)
上肢が不自由な人 88人(6人)
前腕が不自由な人 72人(5人)
手指が不自由な人 56人(6人)
246人(19人)
聴覚に障害のある人 人数(内、四肢にも障害のある人)
耳が全く聞こえない人 46人(5人)
耳の聞こえが悪い人 36人(14人)
82人(19人)
主に手に障害がある人 246人
主に聴覚に障害がある人 82人
重複している人 19人
246+82-19= 309人

薬の再登場

1965年にイスラエルの医師が6人のハンセン病の患者にサリドマイドを鎮痛剤として投与し、皮膚症状を改善させた。1989年に、ロックフェラー大学のギラ・カプランは、この薬が「ガン壊死因子アルファ(TNF-α)の免疫系内での生成を抑える作用がある」と報告しました。
少量のTNF-αは、感染症の免疫に必要だが、その量が多いと毛細血管の増殖を促す効果があります。
サリドマイドは、新生の毛細血管の形成を抑制するので、発育中の胎児の四肢の血管造成を抑制し、手足が形成されません。同じ作用機序は、糖尿病性網膜症や黄斑変成症で際限なく増える毛細血管の形成を抑える効果があります。

効果が期待されている疾患

こうした効果が期待される疾患には、
 1. ハンセン病の合併症としての皮膚病変の治療
 2. 骨髄移植を受けた患者に見られる移植片対宿主病(GVHD)の治療
 3. 結核やエイズ患者の急激な体重減少の抑制
 4. 試験管内でのHIV-Iウイルスの増殖抑制
 5. アメリカの失明の二大要因である糖尿病性網膜症と黄斑変成症の予防
 6. 腫瘍の増殖抑制
 7. べーチェット病の潰瘍の治癒
があります。
(「サリドマイドが復権する日」NEWS WEEK,1994.9.28.P58-59)

ブラジルで新たな被害児が誕生

ブラジルは、貧民層の間にハンセン病患者が多く、その救済のため政府が資金を出してこの薬を生産し、無料で配付している。妊婦の使用を禁止するために、妊婦のシルエットを線画で描き、それを赤丸で囲み斜めの赤線で消す「万国共通の禁止記号」を使っている。これは、胎児を中絶する薬と誤解され胎児障害が増えました。
ブラジルサリドマイド被害者協会(ABVT)によれば、ブラジルでは、1950-60 年代に生まれた被害者が現在でもまだ社会から打ち捨てられた状態にあり、最近新たな被害者が誕生しているといいます。

今後の課題

この薬を使用すると、胎児奇形および大量使用による中枢神経障害が起こります。
使わないと糖尿病性網膜症などの患者の治療が出来ない。この薬の使用を禁止している米国食品薬品局FDAは、制限事項を付けながら、近くこの薬の使用を許可する方針であるといいます。わが国の政府がこの薬を決断する前には、現在の低開発国並の「先天異常監視計画」を文明国並に引き上げるなど、高い「ハードル」があります。
(木田盈四郎著「サリドマイド投薬と被害の現状」/日本医事新報 NO.3789 ,P113-114(平成8年12月7日))